浜田真理子オフィシャルブログ「本日のハマダマリコ的こころII」

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コンサート情報
■浜田真理子 TOWN GIRL BLUE
2017/4/13(木)
Billboard Live TOKYO (東京都)
[出演]
浜田真理子/Mariko Hamada(Vocals,Piano)
服部正美/Hattori Masami(Drums,Percussions)
加瀬達/Toru Kase(Bass)
檜山学/Manabu Hiyama(Accordion)
[一般発売]
2017/2/21(火)10:00〜

■うたの女子会
浜田真理子〜畠山美由紀〜市川愛コンサート
2017/6/4(日)
高松オリーブホール (香川県)
[一般発売]
2017/3/1(水)10:00〜

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福島・宮城・新潟ツアー[ハマダマリコ的こころ]
こんにちは。寒くなりましたね。いかがお過ごしでしょうか。今日は松江も冷え込んでいますが、お天気は晴れのようです。ようですと言ったのはツアーから帰ってまだ家から出ていないから。

さて、震災後初めての東北ツアーに出掛けて来ました。旅先からはゆっくり書けなかったのと、写真も載せられませんでしたので、今日は時間をかけてのんびり書いてみようと思います。長くなるかもしれませんがご了承くださいませ。

福島・郡山
一番初めの福島市のコンサートではとても緊張しました。震災後の、あるいは原発事故後の様子が報道でしかわからなかったので、どんな歌を歌ったらいいのかなど、とても慎重になりました。いつもどおりに歌おうと決めてのぞみましたが、何かわたしのしんみり、ややしんみり、すごくしんみり、の歌たちでお客様の気持ちまでしんみりしてしまってはいけないなあと思ったりして、自分自身がナーバスになっていました。終演後のサイン会で、そんなに気を回すことはなかったかなと思うくらい、お客様に笑顔で接していただき、元気をもらってしまいました。そこで初めて自分が気負っていたことに気づきました。いつもどおりに歌ってよかったのだとその夜思いました。

福島市、それからラジオの出演で訪れた郡山の地は地震というよりは放射能での被災や風評被害により痛手を受けておられるようでした。朝から晩までローカルニュースの端っこには必ず線量の数値が天気予報のように書かれてあり、ニュースも除染についてのものが多く見られました。一日中このニュースを見ているのは辛いだろうなと思いました。目に見えず、風や水に流される放射能の恐ろしさを感じ、小さな子供をかかえる親御さんたちの心境はいかばかりかと思いました。プロジェクトFUKUSHIMAの実行委員の方からもお話を聞きました。近々NPOを立ち上げられこれからも福島県のために長く活動を続けていかれるとのことでした。遠く離れたわたしたちにできることは何かとお尋ねしたら、応えは「多岐にわたる」でした。除染のお手伝い、寄付、避難者の受け入れなど、できることはいろいろあるようです。また、セラピストの数が足りないともおっしゃっていました。

仙台・名取市閖上
仙台市は復興にわいていて、町中が工事現場でした。近隣を工事に来た方がみな仙台に宿泊されているということもありいつもに増して賑やかな印象でした。ライブの前日市内から車で2,30分ほどの海沿いの町、閖上に連れて行ってもらいました。同行してくださったのは、地元でDJとして活躍なさっている世之介さん、この方は市会議員を2期勤められたという変わった経歴の持ち主です。家の土台だけを残してなんにもなくなってしまって造成地のようになってしまった場所にはかつて何千人もの人々が暮らしていた町がありました。瓦礫は当初よりかなり片付けられたとおっしゃっていましたが、それでも、道路の横にオブジェのように急に現れた船を見ると心が痛みました。
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松島
仙台ライブの翌日にはいわき市へ向かう道すがら日本三景の松島に連れて行ってもらいました。東北の復興を助けるためでしょうか、全国から観光客が訪れていました。海沿いのお店は1階部分がまだ使えないようでしたが、にぎわっていました。伊達正宗ゆかりの茶室、観瀾亭で海を眺めながらお茶をいただきました。
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観瀾亭から見た景色。

石巻
町の津波の被害はとても大きく市内の商店街は今なお閉店されているところが多いです。地元では有名なサルコヤさんという大きな楽器店におじゃましました。津波の被害で水かさは1m70cmにもなり、店頭におかれていたほとんどの楽器はぶつかって壊れたり流されてしまいましたが、1台だけ帆掛け舟のように浮かんで無傷であったグランドピアノがあったそうです。調律師でもある80歳代のご店主がそのピアノを分解し、潮水を洗い直し弦を張り替えてもとどおりに組み立てられたそうです。その再生ピアノがお店に飾ってありました。触ってもいいですかと尋ねるとどんどん弾いてと言われ、おそるおそる弾いてみました。まだまだこれからもがんばっていかないと、とおっしゃるご店主夫妻や、そのピアノに頭が下がりました。
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いわき・塩屋崎
仙台からいわき市へは本当はそんなに遠くないのですが、間に福島第一原発(地元の人はF1とか呼んでおられました。)を間にはさむ場所が封鎖されているとのことで、郡山のほうまで迂回していわき市に到着したのは夜でした。翌日、ライブの前にライブ会場であるBarQueenのマスターの案内のもと、海岸沿いへ連れて行ってもらいました。まずは塩屋崎まで。美空ひばりさんの「みだれ髪」で有名な「塩屋の岬」です。なぜか「みだれ髪」歌碑と歌碑の前にあるおみやげ物やさんだけは、津波に遭わなかったそうです。ひばりさんの歌碑に手を合わせました。
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この日、他の同行者には相馬市のレコードやさんの森田さんもいました。彼は3.11の時にはお店にいて津波の被害には遭いませんでしたが家は流されたのだそうです。いつも東北ライブで、CD販売を手伝ってくださる方ですが、ほんとうに再会できてうれしかったです。彼の話も貴重でした。なにしろ相馬には38メートルの高さの波が来たのだそうですから。未だに津波直後の情景が目に浮かんで夜中に目が覚めるとのこと。

いわき市は原発から約40kmのところにあるそうですが、わたしたちのホテルがなかなかとれずに苦労したのは、原発の作業員の人たちが長期にわたって作業をするために泊まっておられるせいだとわかりました。中で長時間の作業ができないので、とにかくたくさんの作業員が必要なのだとのこと。うーん。なんて大変なんだろう。ここでも作業員の方々にやっぱり手を合わせたくなりますね。あ、レコード屋の森田さんは自衛隊の車を見ると感謝の気持ちをこめて手を合わせたくなりますと言っておられました。

いわき市は福島の湘南と呼ばれるほど海がきれいでサーファーもいて気候も温暖なところです。漁師町でもあるので、みな威勢がいい。ライブでもお客さんのノリがなんとなくラテンな感じで盛り上げ上手。ライブ後の打ち上げで、いつも料理の腕をふるってくださるBarQueenのマスターがさびしげに「これが最後のメヒカリです」と揚げたメヒカリを出してくださいました。漁師さんたち、もう漁には出られないんだそうです。放射能がにくいよ。

船を守るために津波に向かって沖に出て行った漁師さんたちの話を聞いたり、丸太につかまって津波に乗って無事生き残った方の武勇伝を聞かせてもらったりして、泣いたり笑ったりしました。笑い飛ばさなきゃやってられないよとあくまで前向きに語ってくださったみなさんありがとう。

アクアマリンふくしま
サカナの9割がだめになってしまったという大きな水族館が復活していました。立派な水族館を歩いて楽しみました。大きなセイウチや小さなクリオネも元気よく泳いでいるのを見ました。写真うまく撮れませんでしたので何がなんだかわかりませんが一応載せてみます。
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会津若松
会津に着いたのは夜でした。明日は雪になるかなあというような寒い日でした。翌日のライブは老舗の造り酒屋の酒蔵にて。ひんやりした場所がライブを始めるとあたたかい雰囲気に包まれてお酒を飲んでもいないのになんだかいい心持ちになりました。この日、音響を担当してくださったのは、DEEP PURPLEのメイドインジャパンライブのときのPAさんだったそうです。今は喜多方市にお住まいで全国の後進の指導をなさっている方です。おかげでDEEP な夜になりました。終わってからの打ち上げもわいわいとスタッフ、お客様も混ざって楽しみました。翌日は会津の頑固そばを食べました。

新潟
新潟は人生初めての地で、もちろんライブも初めてでした。日本海側だけど、松江は遠いのね。福島県のいわき市から日本列島を横断してついにやってきたのだと感慨無量でした。おそれていたほど寒くはありませんでした。新潟は水の都だそうで、そういえば信濃川にかかるたくさんの橋が松江みたいだわと思ったりもしました(規模は違いますが)。おいしいお米や海の幸をいただいて、またネット上での友人にも会ってゆっくりお話をすることができ、ツアーのいいしめくくりとなりました。来月は新潟市からちょっと南の十日町市でライブをすることが決まっています。どうぞよろしく。

まとめ
ライブの回数を重ねながら、空いた時間に被災地めぐりをさせてもらって、いろいろな被災のかたちがあることを教えられました。そこにある感情にもいろいろな種類があることに気づきました。ライブにお出掛けになる方々のご事情は一人一人違っていて、でも、その中で今日のこの日のこの音楽を楽しみに来ましたという風情が頼もしく、人間って強いなあと励まされてばかりでした。思いつくままだらだらと書いてしまいましたが、こんな感じのツアーでした。こんなにたくさんのものを見て、たくさんの人の話を聞いたツアーはこれまでになかったように思います。被災地の様子も含めて、このツアーのことはきっと忘れないだろうと思いました。おでかけいただいたみなさん、また、お世話になったみなさん、スタッフのみなさん、ありがとうございました。またお会いできますようにぴかぴか(新しい)

☆きゅうさん、会津若松は場所の感じがおもしろかったですね。お出掛けどうもありがとうございました。あたたかく迎えていただきうれしかったです。

y,nishitaさん、お出掛けありがとうございました。閖上行きましたよ。写真を載せておきました。また機会があれば行かれて、その復興のさまをごらんになってくださいね。

ちふみさん、松江へようこそ。ミスターしじみは同窓会楽しまれましたか。ご一緒できずにすみません。ハマダは家でいきなり孫の子守を言いつけられ、家におりました。またお会いできますように。

熊谷修一さん、お出掛け何度もありがとうございました。いろいろお話できて楽しかったですね。またお会いできるのを楽しみにしています。

ケッケさん、松江で会えるんですね〜。松江のハマダはまた違った味を出すかもしれません。なんて。あはは。お待ちしております。

朧月夜さん、コメントありがとうございます。いつも励まされるばかりです。いろいろ見聞きしてよい経験をさせてもらいました。来年はそちらへも参りたいと思っています。お会いできるのを楽しみにしています。

赤い人さん、いつもありがとうございます。いわきで写真撮られてましたね。あはは。有名になりましたね〜。風邪ひかなかった?

裕子さん、いつもありがとうございます。お元気そうでよかったです。ソノダバンドもよかったですね。かっこよくて。お母さんと呼ばれたけど(笑)、ご一緒できてうれしかったです。次回はお母様も一緒にね。お待ちしています。

☆☆すんごく長くなってしまってごめんなさい。これって送信できるのかな。という不安を抱えつつ。ではでは、週末の松江で会いましょう〜るんるん


2011-11-21 15:41 この記事だけ表示   |  コメント 3

コメント

被災地東北は、まだまだ大変なんですね。
私は仙台に2年間いたことがあり、仕事で東北5県を走り回っていました。
福島の海沿いもね。
その頃を思い出すと、今の状況が心痛いです。
本当に早い復興を望みます。

そういう中の演奏、ご苦労様でした。
これからも、そういう方々を励ます歌、歌っていって下さい。

よっちゃん
(2011-11-21 20:47)
こんばんは。突然ですが,真理子さんは岡林信康さんの『君に捧げるラブソング』という曲をご存知ですか?

僕は大震災の悲惨な映像や写真を見るたびに,そして被災された人たちの気持ちを思うたびに,なぜかこの曲が思い出され,この八か月ほどずっとくり返し聴いていました。

この曲は,岡林さんが病の友人のために書いたそうですが,僕には大震災で被災された人たちのために歌っているように思えてなりません。いつかこの曲を真理子さんに歌っていただけたら嬉しいです。

ところで今回の東北ツアーでは,仙台市民会館に行くことができました。真理子さんの歌う時間がいつもより少なくて,正直とても残念でしたが,でもやっぱり行けてよかったと思います。たとえ一曲だったとしても…。
モンテクリスト
(2011-11-22 18:22)
 『君に捧げるラブソング』
素晴らしい曲ですね。せんないことですが岡林氏が自衛隊員諸氏の前で歌ってくれることを夢想していました。

同曲は酒井俊嬢の絶唱と言えるカヴァーがありますが、歌唱スタイルこそ異なるが同様に強いコアを感じさせる真理子嬢が歌ったらどうなるのかと、小生もかつてリクエストしたことがあります。

夢がかなう日が来ることを願います。
よこはまのおじ
(2011-11-26 14:14)

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