視聴コーナー
You Tube浜田真理子公式チャンネル
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コンサート情報
■浜田真理子 TOWN GIRL BLUE
2017/4/13(木)
Billboard Live TOKYO (東京都)
[出演]
浜田真理子/Mariko Hamada(Vocals,Piano)
服部正美/Hattori Masami(Drums,Percussions)
加瀬達/Toru Kase(Bass)
檜山学/Manabu Hiyama(Accordion)
[一般発売]
2017/2/21(火)10:00〜

■うたの女子会
浜田真理子〜畠山美由紀〜市川愛コンサート
2017/6/4(日)
高松オリーブホール (香川県)
[一般発売]
2017/3/1(水)10:00〜

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その3
けんやは、中学生のときから高校を卒業するまで、施設にいた。

両親が離婚して、おとうさんが、けんやたちきょうだいをひきとることになったからだ。おとうさんひとりで小さな子3人の面倒をみるのは大変だったんだそうだ。子供のころは家族そろって福岡に暮らしていたらしい。突然島根にやってくることになって、「こんな田舎はいやだ」と思ったって言っていた。わたしは「たしかぁ〜に」って、「か」の音を伸ばして答えて笑った。泣かないために。

けんやの話からするとお母さんは、恋多きひとみたいだった。けんやたちを捨てちゃったのかなんなのか、けんやの説明じゃわからなかったけど、「愛しくて憎くて愛しくて愛しくて」たまらない感じだった。「あいつもだめだめ女なんだよな」って、つぶやいていた。

お母さんの話をしてド暗モードに入っているけんやを見て、あわてたわたしは「あんたってさーー結局愛情にうえてんのねーー」って、おちゃらけてみた。だめなんだよ!こんなの。「みなしごハッチ」とか、「瞼の母」とか、そういうの、弱いんだよ。なんか、辛い少年時代だったのかなぁとか想像してしまって、かわいそうになって、けんやのことを好きになってしまいそうなくらいだった。

横でうるうるあわてふためいてるわたしを見て、けんやはようやくにやりとした。「この話、女に受けるんだよな」とか言った。「ばかやろう!」とわたしはけんやの頭をどついた。少しほっとした。そのオチをつけることで自分が泣かないようにしたのかな、けんやってば。

けんやには放浪癖があった。旅行とか好きみたいで、いろんなところへ行った話をおもしろおかしくしてくれた。けんやはよくわたしを笑わせてくれた。ジョークが得意だったというよりも、自分の体験をただ話しているだけなのに、それはとてもおかしかった。雪の日に、タクシーから下りようと一歩踏み出したとたんに、そこが道路の側溝だった話とか、「なんであんたっていっつもそんな目にばっかり合うんだろねーーぎゃははははは」ってフィラメンツの足の長いスツールから落ちそうになるほどふたりで笑った。

「いつかビッグになったら」っていう話題もわたしたちの間では定番だった。「俺が小説家としてビッグになったらハマダマリコのバイオグラフィー書いてやるよ」と言った。「すげーなーそれ」って盛り上がって巻末には年表もつけることにした。「『このころから奇行がめだつようになる』っていう文章は天才にはかかせないからな」と念を押しておいた。くだらなかったけど楽しかった。

8月のある夜、めずらしくけんやから家に電話がかかってきた。「今から出てこれないか」と誘われたけど、そのとき他の友達関係のことで鬱が入っていたわたしは、とてもそんな気分じゃなかった。「今日はやめとくわ」って言ったら「そうか。じゃまたな」って言った。わたしは「ばいばい」って言った。

その次の日、けんやはこの町からいなくなった。

その4
だれにもなんにも言わないで、けんやはいなくなった。いや、ちがうかもしれない。けんやは顔が広かったし、わたしみたいな飲み友達は男女問わずたくさんいたから、そのうちの「だれか」に「なにか」を言ってはいたのかもしれない。ただ、その「だれか」が「わたし」じゃなかっただけで。

いつも飲み屋から先に帰ってしまうけんやの後ろ姿を思い出して、やりきれなかった。わたしの話を聞いてはげましたり、冗談を言って元気づけてくれたりしたけんやのことをわたしはほんとはあんまり知らなかった。生い立ちやおもしろおかしい体験は知っていても、あの瞬間に、けんやのこころの中にあった感情、辛さや寂しさや孤独や、あるいは、喜びや希望さえもなんにも知ろうとしていなかった。

けんやがいなくなってからわたしは、いっしょに酒を飲んでいたときのけんやのひとつひとつのセリフや、表情を思い出して、なにかサインがあったんじゃないかって探ろうとした。でも、そのたび、けんやのあの寂しそうなしまりのない笑顔がうかんできてちゃんと考えられなくなった。

けんやは店の経営者の人とトラブルがあったらしいとか、店のお金に手をつけていたらしい、とか、ほんとだかうそだかわからないうわさが町を一周してしまうと、飲み屋でも、もうだれもけんやの話はしなくなった。まるでけんやなんて最初からこの町にいなかったみたいに。わたしはもっとけんやのことを話したかった。けんやが帰ってくるまでずぅっとずぅっと話していたかった。でも、みんなは一様に口が重かった。「やっぱりあいつはばかだよな」って誰かが言った。みんなけんやが好きだった。

大失恋をして以来、そのトラウマのせいなのか、ただ単に体調が悪くなったせいなのか知らないが、わたしはずっと、半径が家から車で20分くらいの距離のところまでしか出かけることができなくなっていた。遠出や知らないところに行くことはこわくて、家から出られなかった。買い物をしていても、今ここで気分が悪くなって倒れてしまったらどうしよう、とか思うと冷や汗が出てきて、結局何も買わずに帰ってしまうことなどしょっちゅうだった。けんやといるときは少しだけ平気だったんだけど。

その年の冬までに、わたしは古本屋をやめて職業訓練校に通って、そして、年があけてからは生れて初めての会社づとめをはじめた。なんか、「カタギ」になった気がしていた。飲み歩くこともやめた。ピアノ弾きの仕事もやめた。それまでの空虚な生活全部のつぐないみたいに、「ザ・ピアス新聞」を娘と書き始めた。遠出はまだできなかった。

つづく。

その1
今から何年か前のわたしはちょっとひどかった。それは、今年5年目に入っている5年日記のどこにも書かれていないから、少なくとも5年より前なんだろう。そのひどい状態はそんなに長くはつづかなかったけれど、そのときの辛さは今でも忘れない。

どうひどかったって、とにかく心がすさんでいたのだ。何をしても空しくて悲しくて孤独で、毎日息を吐いて吸って吐いて吸ってただ生きているという感じだった。朝、古本屋の仕事に行って、夜クラブでピアノ弾きをして、その帰りに行き付けの何件かの店でけんやと飲んで朝方に帰って、というような生活だった。半年くらいだったけど、ずっとそんなの続けてたらどうなっていただろう。

けんやはそのころのわたしととても仲がよかった。彼氏だったわけではなく、ただいつもいっしょに酒を飲んでつるむ友達だった。

「おまえだいじょうぶか?」会うとかならず、けんやはそうたずねた。いつも同じだった。「だいじょうぶにきまってるだろ」というのが、わたしの言葉だった。ぜんぜんだいじょうぶじゃなかった、あの時わたしは。

けんやは優しい男だった。酒屋さんに勤めていて、わたしはクラブでの仕事の前にいつもけんやの酒屋に寄って、けんやのいるレジのところで「立ちきゅう」の人みたいにぐだぐだしゃべってから、仕事に出かけた。映画の「スモーク」みたいに。

世紀の大失恋(はは、)をしてちょっとおかしくなってたわたしはテンポラリーでイージーな恋をしては傷ついていて、けんやはいつもそんなわたしのださださな話を聞いてくれた。そして、いつも最後に「だめだめな女だな〜おまえは〜」と言うのだった。

けんやとはビーハイブやらフィラメンツやらポエムでぐじゃぐじゃ飲んだ。わたしはあんまり飲めない体質だけど、でも飲んでいた。待ち合わせなんてしたことはなかったけど、たいていどれかの店にけんやはいた。

その2
けんやはいつもわたしを「ハマダマリコ」ってフルネームで、そして多分、カタカナで呼んだ。「俺は『ハマダマリコ』のうた好きだなー。あの『のこされし者のうた』って最高だなぁ。泣けるよなぁ。『ハマダマリコ』ってイタコだよなぁ」とか、なんかのオンザロックを飲みながら言った。

「ハマダマリコって、ジャニス・ジョプリンみたいだなぁ」と、けんやはよくわたしに言った。
「あひゃひゃひゃひゃ、それって誉めてんの、けなしてんの?ひゃひゃひゃひゃ」とわたしは笑った。言いたい事はわかっていた。誉めてもけなしてもいないこともわかっていた。

けんやは、わたしには「だめだめだなぁ〜」とか言って笑うくせに、自分だってかなりだめだめな男だった。仕事はてんてんとして長続きしないし、昔付き合っていた女のパンツまで洗ってやってたんだぜぇ、とか自慢するようなおばかな野郎だった。

わたしたちは、カウンターで肩を並べては、ろれつの回らない舌で、本の話や音楽の話をした。村上春樹やケルアックやギンズバーグとか、ティム・オブライエンとかジャクソン・ブラウンとかの話をした。いつも同じの単なるBAR TALKだった。

けんやはいつも「作家になる」と言っていた。でも、書いたものを読んだことはない。それに、書いていた形跡もない気がする。いつか、一度だけ、これから書くつもりのストーリィのあらすじを話してくれたことがある。

女の双子が出てくる話で、それで、その子たちは、色盲なのだった。わたしが「女の子の色盲って、いないんじゃなかったっけ?染色体の関係で」って言うと、けんやは「まじかよーおまえ頭いいなぁ」と言った。わたしは調子にのって、「それに、双子って、あんた、まるで、村上春樹のマネじゃん」と言うとけんやはぶすっと黙ってしまった。そして少しの間、わたしたちは黙って飲んだ。

けんやは優しい男だった。かわいそうなやつを見ると放っておけないやつだった。付き合いもいいやつだったけど、なぜか、いっしょに飲んでいても帰る時は絶対にわたしより先だった。

そろそろお開きかなぁという雰囲気になりそうになると、すかさず、「じゃ、俺帰るから」と席を立つのだった。それがあんまり急なので、わたしは何度置いていかれたかわからない。付き合いのいいけんやらしくない行動だった。そのうち、置いてきぼりのさみしさを味わうたび「けんやはもしかしてこの気持ちが嫌なのかなぁ」と漠然と思った。

つづく。

寒くなりましたね。先日のリハーサルの音源が届きました。すごいなー、感激して涙が出てしまいました。大友さん、バンドのみなさんありがとうございます。ボーカルの市川氏もありがとう(わたしよりかわいく歌わないように)。では、わたしもうさぎとびをしたり、重いコンダラをひっぱったり、ろうそくの炎をゆらさないように歌ったり、いろいろ練習しなくちゃいけないので、今日はちょっと短めで失礼します。

いろんなことがあった今日でした。黒田清子さんの着物姿かわいらしかったですね。さて、昨夜の大友良英オーケストラのみなさんのリハーサルの様子をボーカルの市川氏(ぷ、)から電話で聞きました。大友さん徹夜でアレンジだったんですって?おつかれさまでした。ありがとうございます。風邪などひかれませんように。リハの音源明日届くそうです。楽しみにしています。わたしも荷造り、そろそろはじめようっと。どの本を持って行こうかな。このごろ読んでいるのは、『スロー・ラーナー』(byトマス・ピンチョン)ですが、これは多分会社で読み終えてしまいそうなので、とりあえず東京へは、北原亞以子さんの慶次郎縁側日記シリーズの『隅田川』と『つゆのあとさき』(by永井荷風)入れておきましょうか。

雨が降っていたせいか、会社から出たらもうまっくらでした。夜が長いですね。今日は家に帰ってご飯を食べてからもう一度出かけて、山陰中央新報の取材をうけました。12月の松江ライブのお話が主でしたが、その他来し方行く末なども雑談まじりに。記者の方は、今年入社されたSさんというさわやかな若者でした。Sさん、わたしの話はあっちこっちとぶのでわかりにくかったでしょうが、そこをなんとか、すばらしい記事を期待していますよ。へへへ。今月中には載るとおっしゃっていましたので、お楽しみにね。今日は、その他、東京では、シアターコクーンでごいっしょする大友良英オーケストラのみなさんがリハーサルをなさっています。お世話になります。(わたしのかわりに市川氏が歌う、と言っていました。あはははは。聴きてぇ〜。わたしよりうまく歌わないでください。>市川氏)

『マルコの夢』(by栗田有起)読みました。ふふ、おもしろかったです。栗田さんの文章はほんとに職人技です。難しい表現などはぜんぜんないけれど、じょうずだなぁ、うまいこと書くなぁと感心しつつ読み終えました。『オテル・モル』のときもそうだったけれど、不思議な話なのに、違和感なく読ませてしまうのですね。でも、わたしなんかがストーリーを説明しようとしたりすると、ものすごくありえない話になってしまうのだす。だから、言わないけどね、ふふ、おもしろかったのよ。

久しぶりに『フレンズ』を借りてみました。シーズンWまでは見たので、シーズンXから。やっぱりおもしろい。メイキングが映像特典でしたが、びっくりしました。脚本家が12人もいてひとつのセリフのウケが悪いとすぐに集まって意見を出し合ってもっとおもしろい別なものにかえていったりね。照明さんも編集さんもその他の係りの人たちも同様です。昨日の職人の話の続きみたいだけど、すごいなぁ。本編の前に主題歌「I'll be there for you」が流れるとわくわくします。

大友良英さんプロデュースでさがゆきさんが中村八大さんの楽曲を歌った『See you in a dream』を聴きました。さがゆきさんの歌、初めて聴きました。すてきなアルバムですね、発売おめでとうございます。「太陽と土と水を」とか、「宇宙にとび込め」が好きです。今度ライブでごいっしょするみなさんがたくさん参加しておられるのでうれしくなりました。芳垣さんの歌が聴けてびっくり。わー!対談やインタビュウのブックレットも豪華〜(デザインがかわい〜)。

昨夜の『慶次郎縁側日記』よかったです。吉次さんがよい味を出していて。あの人はせつなくて、登場人物の中では一番好きです。もみじの赤と吉次さんの着物の赤の色がきれいでした。ひいらぎさん、今度は見られたかな。さて、今朝、起きぬけにテレビをつけて何気なくながめていたら「現代の名工」に選ばれた人たちが出ておられました。ギターをつくる人、砲丸投げの砲丸をつくる人、重要文化財などの宝飾品などを梱包する人など。いづれもこの道何十年というおじさんばかりなのですが、まあその作業の地味なこと。ふふふ。でも、かっこいいですね、職人技っての。しびれます、びりびりと。